50代の強制断捨離「したかったわけじゃないんだけど!」

サラリーマンの妻として結婚30年。
半世紀を生きてきて、そろそろ余生を・・・なんて考えていたら、いきなり家も夫も子供もいなくなってしまいました!
あれ?こんな人生想定外!
「もっと若ければ」と思いながらも、おばさん生きていかなくちゃ。いや、生きていかなくてもいいのか?と葛藤しながら、それでもお腹がすくからよく食べる。
よくわからないけど生きています!

もう払えなくなった

夫は、証券マンでした。
証券マンって実は自分で株を自由に買えませんから。
インサイダー取引とかになってしまうので。


それがもともと不満だったのはわかってました。


で、要するに、自分でやりたかったんですね。


そのうえ、あのような性格だから
会社でも管理職になっているのに
他人とのトラブルが絶えなかったのでしょう。


今思うと、よく20年も続いたと思います。


会社を辞めて、彼は元同僚の起こした会社で一所に働いていました。
何をやっているのかよくわからないけど、
生活が普通にできていれば、特に心配はしていませんでしたし、
退職金も、いくらもらったか、も、それをどうするか、も、
何も聞きませんでした。


その時も信用しきっていたわけで。
お金のプロの彼に任せておけば何も問題ないと
思っていました。


ところが数年後のある日のこと
彼が突然このようなことを。


「もう家のローンも生活費も払えなくなった」




夫の自信

夫は、浮気をしたり、夜遊びをしたり、うそをついたり、

そういうよくある問題は全くない人でした。

仕事もいきなり辞めるまでは、かなりきちんと行っていました。

ですが、とてもやりにくい部分がありました。


自分のペースを人に合わせる、ということをできない人だったのです。


特に時間やスケジュールには融通が利かず

例えば、9時に出かける、と言った場合、

子供が急にトイレに行きたくなって1分遅れただけでも

「今日はとりやめ」

と部屋に戻ってしまう、とか。


当然、急な予定変更は彼と一緒の時は認められません。

「あ、○○買い忘れたから、予定にはなかったけどスーパーに寄っていい?」

なんていうのはあり得ません。


アポなしで来たお客さんにすごく冷たい態度をとったりとか。

要するに予定に入っていないので平気で無視をするのです。

それが私の親であっても。

あいさつくらい、できんのか!?


もちろん電話は出ません。

電話というのはいきなりかかってくるもの。

それが気に入らないというこどで。


話している相手が、

話の最中にかかってきた電話に出ることも許せない行為と、、

その後はだいたいケンカになります。


何より恐ろしいのは、

普段温和に見える彼が、

「それは間違っている」と感じたことに出会うと

突然スイッチが入り豹変する部分です。

言っていることは正論ではありますが、

そのくらいまぁいいじゃないということや、

ここでそれを言ったら、その後どうなるのよ、ということを

遠慮なしで、どこでもズバズバ、、相手を徹底的に責めまくるのです。

その激しさは、話している人にとって恐怖です。

そしてとてもしつこい。

相手がひれ伏して間違いを認めるまで、

どこまでもどこまでも追及してきます。


そういうことをしても、彼は相手に対して悪意はないのです。

「間違っているから間違っていると認めさせた」


でも、いい大人にそこまでさせてしまったら、

もうその人とはお付き合いはムリでしょう。


言い方を変えると

「大変に正義感がつよい」とも言えますが、

そのおかげで親戚づきあいや近所付き合い、ができず、

できないどころか、どこへ行ってもトラブルを起こし、

そのトラブルは私たちを巻き込み、

結局、どこへ行っても誰ともお付き合いが続かなくなってしまうのです。


彼は自分に自信があったのだと思います。

卒業した大学と学部、就職した会社名を言えば

「エリート」と言われました。

かなりの高額ローンも当たり前のようにカンタンに貸してくれました。


家の価格は1億を超えていました。

ほとんどがローンです。

そんなもん、借りられてしまったから、またえらいことになったんです。

強制断捨離のはじまり

結婚24年、子供は中学3年生の娘がひとり。

人気の街の駅から徒歩5分。

一所懸命考えて、作った

30坪の「夢の一戸建て」に住みはじめてわずか3年。


夫がいきなり会社を辞めて来ました。


それまで私は夫の判断について

微塵も疑ったことのない、

素直な(愚かな)妻でした。


「会社を辞めた」

という言葉は現実感のないまま、私の耳を通り過ぎ

事実として認識はしましたが、それでも

「彼は彼なりに考えがあってのことだろう。」

と、たいしたショックも不安もありませんでした。

その時は。