50代の強制断捨離「したかったわけじゃないんだけど!」

サラリーマンの妻として結婚30年。
半世紀を生きてきて、そろそろ余生を・・・なんて考えていたら、いきなり家も夫も子供もいなくなってしまいました!
あれ?こんな人生想定外!
「もっと若ければ」と思いながらも、おばさん生きていかなくちゃ。いや、生きていかなくてもいいのか?と葛藤しながら、それでもお腹がすくからよく食べる。
よくわからないけど生きています!

プライドめためた、しかしこれだけは死守!!

プライドめためたになりながらも

アパートを決めて引っ越し。


もうひとつここで大事なことは

私の仕事のこと。


私の仕事は「センセイ」

生徒は100人余り、7歳から93歳まで。


教室に来ると癒されるわ、楽しいわ♪


そう言って通ってくださる方たちに


この修羅場を気付かれてはいけない!!


私はあくまでも「幸せの象徴」「癒しの場」

でなければならない。


だがしかし、その場である教室のある家を売る。


そのための新しい教室は何とか確保。


それをどうやって、

何事もなく、不幸のかけらも感じさせずに移転する。


不幸のかけらを感じたら、

生徒たちの気持ちは冷めてしまう。


生徒が去る→私たちの生活ができなくなる


ここを死守せねばならなかったのだ!!

強くならなきゃいけない

何度も言いますが

こんな人生が待っていたなら

あと10年若ければよかった。

40代なら、まだ何か希望が持てる、やり直せる。


そこが残酷だと思いました。


でも、そんなこと考えても仕方がない。


娘がいるのだから

生きていかなければならない。

この子を大人にするまでは

なにがなんでも生きていかなければならない。


ネットや本で、私のような例を探して

何か頼りたい気持ちだったのですが


ないんですよね!


若いママがガンバって子供育てていく例はよくあるのですが


50過ぎて放り出される例は、見当たらない。


誰か私に道を授けてください!と

泣きながら祈る日が何日も続きました。

不動産屋にいく

大学生の時、

自分の下宿を借りるのに不動産屋に行ったことはあった。

結婚をした時も。。


でもその時は、私の後ろには

大企業に勤める父親や夫がいて、

どんな物件でも、何の心配もなく

気に入りさえすれば当たり前のように

借りることができた。


でも、今回は私の後ろには何もない。


50になった自営業のおばさんには、家を借りることさえも

こんなにハードルが高いのだと思った。


屈辱でした。


去年一昨年の確定申告書も提出して、

自分の子供くらいの年齢の営業マンに

全部見せて人生のすべてを値踏みされるように。


家を借りるときに保証会社を使うという手もあるが

その時の保証料は

信用度によって30%.50%と変わる。


私の場合は1か月分、100%。

一番高い金額。

つまり最も低いランクの信用度ってことですね。


私自身の信用なんて、こんなものなのだと

悲しいやら情けないやら。


でも、自分の力で借りることができた。

ほっとしたけど、悔しい・・・。