50代の強制断捨離「したかったわけじゃないんだけど!」

サラリーマンの妻として結婚30年。
半世紀を生きてきて、そろそろ余生を・・・なんて考えていたら、いきなり家も夫も子供もいなくなってしまいました!
あれ?こんな人生想定外!
「もっと若ければ」と思いながらも、おばさん生きていかなくちゃ。いや、生きていかなくてもいいのか?と葛藤しながら、それでもお腹がすくからよく食べる。
よくわからないけど生きています!

小さな夢を持ち始める

生きていくぞと強い決意をするわけでもなく、

人生やめる決意もできず、


日々は流されるように過ぎていく。


死ななければ生きている。


こんな追い詰められているのに

絶望しているのにお腹がすく。


気がつけば

家賃を払い、その日のごはんを食べることを目標にして

生きていた。

こんなふうに生きている人はきっとたくさんいるのだろう。


それでも小さな夢を持ち始めた。


今やっている仕事の延長で

娘と一緒にいつかお店をやろう。


娘がちゃんと正社員になって、

ボーナスとかもらえる仕事をできるようになり、

何年かキャリアを積んだら、

一緒に中古のマンションを買おう。


相変わらず、ケンカばかりしていたが

その夢が、支えになって

頑張ろう、という前向きな気持ちになっていた。

今からでもやり直せるのか、人生

50にして人生やり直し、微妙な年齢だ。

いろんなことが面倒くさい。


家も家庭も貯金もなくなって。


昔だったら、「人生50年」

立派に終わってもいい年齢なのだ。


そうなんだ。もう終わってしまってもいいかも?

このまま眠ったまま、明日の朝は目が覚めないわけにはいかないだろうか。

そんな気持ちになる日が続いた。


しかしながら、まだ19歳になったばかりの娘がいる。


この19歳になったばかり、というのがまた微妙。


もう少し小さかったら、いろいろな補助があった。


家を探すにも公的補助を申請するにも

子供の年齢は18歳までのことが多い。


18歳を過ぎたら、大人。

働けというのだろう。


しかしながら、彼女としても

当然高校を出たら進学、まだまだ学生生活は続くもの、と思っていたわけだから

いきなりの人生方向転換、受け入れられるわけがない。


学費が払えず、学校は退学することになった。

奨学金をもらおう、と提案したが、

今まで通りの友人関係や環境の中にいることは辛いらしく。

学ぶ気力も彼女から失せていた。


しばらくは荒れた。
毎日ケンカばかりしていた。


でもそのうち、あきらめたのか

お金がないことに耐えられなかったのか

仕事を見つけて働き始めた。


かわいそうなことをしてしまったと思う。

経営者には向いていません。

自分で言うのもなんだけど、私は

怠け者で甘ったれた人間だ。

子供の頃からのことを思い出しても、

経営者やリーダーには向いていないタイプだ。


今までの生活はすべて夫に任せきりで、

ほんの数年前まではずっと扶養家族だった。


もちろん家庭の中で、毎日家族のために食事を必ず作り、

家の中のこと、子供の教育のこと、近所や親せきづきあい、みんな

そういうことは自分の役目だと思って、

それなりにトラブルに対処しながら頑張ってきたつもりだ。


でも、社会的には、何の責任もとっていない、

誰かに守られてお気楽に生きてきたことを改めて感じた。


50までそんなんで来てしまったことを恥じた。


で、神様は今からでいいからやりなさいと、言うのね?


家族と事業、誰も助けてくれない。

自分でしっかり責任とって、がんばって守りなさいと。


私の中の甘ったれと怠け者が叫んでいる。


「いや~~!ソンナノイヤ~~!誰か助けて」


恐怖のあまり酒をあおり、

布団の中でジタバタ叫んでいても、

夜は更け、明日はやってきてしまうのだった。